
筋肉少女帯/King-show
筋肉少女帯は、1980年代後半から1990年代後半にかけて活躍し、2006年に活動を本格再開した日本のロックバンド。通称は「筋少」で、アルファベットでは「King-Show」と記す。 ウィキペディアより抜粋
非常に歴史の長くメンバーも流動的であるため現在で第24期メンバーにあたる。
詳しい歴史などはウィキペディア、公式ホームページにて
ここでは独自の紹介をさせて頂きます♪
「筋肉少女帯」は日本を代表するカルト・サブカル系に根強い人気を誇るバンドで
数々の影響も残している。(エヴァの綾波の眼帯&包帯など)
中心人物は大槻ケンヂ(Vo)と内田雄一郎(B)で
サポートとなっているが三柴理(江戸蔵)(ky,piano)がサウンド面のキーパーソン。
大槻ケンジ(Vo)(1982年-1999年,2006年-)
独特の世界観をもってバンドを独特の存在にしている主。
なので歌唱力に問題があれど替えは効かない。
インスト曲に
「大槻の歌詞をのせるとダサくなるので、どーでもいい音を増やし,トラックをとりあえず埋め
Voが入れられないと説得しインストにした。」
とメンバー発言があるように、音楽知識もうとく、センスにも問題をもたれているようだ。
メジャー3rd「猫のテブクロ」あたりで高め音域シャウト気味だったスタイルを封印する。
内田雄一郎(B)(1982年-)
結成から一環してバンドに在籍し、サウンドを支え続けるバンドの良心的存在。
カルト感あふれる曲などは彼の手によるものが多い。
三柴理(Ky&P)(正規メンバーとしては1986年-1989年(第13-21期)在籍)
正規メンバーとしてもサポートとしても長きに渡りサウンドを支えている。
メジャー2nd「シスターストロベリー」以降「横関”ジェットフィンガー敦”(G)」と共に脱退し
作品を手がけるようになる。
インディーズ期
これまたカルトレーベル「ナゴムレコード」に在籍し、
問題曲「高木ブー伝説」「ドリフター」で話題となる。
世間的には「高木ブー伝説」が有名だが私的には「ドリフター」のほうが大問題曲と思う(笑)
「ドリフター」
当時は代表曲「釈迦」の初期ヴァージョンのようにディープパープル的ハードロック要素が強い。
オーケンの独特の世界と毒の強い放送禁止用語多用の歌詞に
B内田が支えKy三柴のバカテクが音楽的存在を上げている感じ。
1987~1988/ライブ&pv
恐らく第18期メンバーでのライブ(メジャー1st「仏陀L」発表時)
大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
内田雄一郎(筋肉少女帯)
関口博史(奇形児・exばちかぶり)
三柴江戸蔵(THE金鶴)
美濃介 (ナイロン100℃)
デビュー期とあるがメジャーでの「オレンジ・エビス」が「オレンジペニス」だったりとインディー要素の強いライブ。
その後
2nd「シスター・ストロベリー」でGに「横関”ジェットフィンガー”敦」が加入。
インディ時代の曲もリメイクにて収録、
音楽性に速弾き要素と三柴のピアノの芸術性が昇華した名作ではあるが、
その後の横関と共に三柴脱退やバンドの方向性を元来のプログレ、ハード~メタルへ傾倒させた時期である。
キノコパワー(PV)
その後
Gに橘高文彦加入、本城聡章復帰、Drに太田明と10年続く22期黄金メンバーにて
「日本印度化計画」収録の3rd「猫のテブクロ」からヒットが続いた。
橘高文彦(G)1989年-1999年,2006年-
22期以降の不動のリードギター、加入以降「筋少」のメタル化が決定づけられる。
現在もギターキッズに多大なる人気を誇る。
アルバム「月光蟲」収録の「イワンの馬鹿」はイングヴェイ・マルムスティーン「エクリプス」のリフの音符が1つ足りない丸パクリ(指が届かなかった)など見た目など多大なる影響を受けている。
が、ほとんどの媒体ではマイケル・シェンカーの影響で浸透している。
本城聡章(G)1982年-1985年,1989年-
実はデビュー時メンバー。再々加入以降、大槻脱退後もバンド名を守るため在籍など大きく貢献している。
太田明(Dr)1988年-1998年(第19-22期)
元々スタジオミュージシャンとして三柴と交流があり加入。橘高の「ドラムは太田で永久欠番」と言わしめ、ファンにも一番馴染まれているドラマー。
風車男ルリヲ~僕の宗教へようこそ
イワンの馬鹿
大釈迦(G-横関敦vs橘高文彦)
再殺部隊
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非常に歴史の長くメンバーも流動的であるため現在で第24期メンバーにあたる。
詳しい歴史などはウィキペディア、公式ホームページにて
ここでは独自の紹介をさせて頂きます♪
「筋肉少女帯」は日本を代表するカルト・サブカル系に根強い人気を誇るバンドで
数々の影響も残している。(エヴァの綾波の眼帯&包帯など)
中心人物は大槻ケンヂ(Vo)と内田雄一郎(B)で
サポートとなっているが三柴理(江戸蔵)(ky,piano)がサウンド面のキーパーソン。
大槻ケンジ(Vo)(1982年-1999年,2006年-)
独特の世界観をもってバンドを独特の存在にしている主。
なので歌唱力に問題があれど替えは効かない。
インスト曲に
「大槻の歌詞をのせるとダサくなるので、どーでもいい音を増やし,トラックをとりあえず埋め
Voが入れられないと説得しインストにした。」
とメンバー発言があるように、音楽知識もうとく、センスにも問題をもたれているようだ。
メジャー3rd「猫のテブクロ」あたりで高め音域シャウト気味だったスタイルを封印する。
内田雄一郎(B)(1982年-)
結成から一環してバンドに在籍し、サウンドを支え続けるバンドの良心的存在。
カルト感あふれる曲などは彼の手によるものが多い。
三柴理(Ky&P)(正規メンバーとしては1986年-1989年(第13-21期)在籍)
正規メンバーとしてもサポートとしても長きに渡りサウンドを支えている。
メジャー2nd「シスターストロベリー」以降「横関”ジェットフィンガー敦”(G)」と共に脱退し
作品を手がけるようになる。
インディーズ期
これまたカルトレーベル「ナゴムレコード」に在籍し、
問題曲「高木ブー伝説」「ドリフター」で話題となる。
世間的には「高木ブー伝説」が有名だが私的には「ドリフター」のほうが大問題曲と思う(笑)
「ドリフター」
当時は代表曲「釈迦」の初期ヴァージョンのようにディープパープル的ハードロック要素が強い。
オーケンの独特の世界と毒の強い放送禁止用語多用の歌詞に
B内田が支えKy三柴のバカテクが音楽的存在を上げている感じ。
1987~1988/ライブ&pv
恐らく第18期メンバーでのライブ(メジャー1st「仏陀L」発表時)
大槻ケンヂ(筋肉少女帯)
内田雄一郎(筋肉少女帯)
関口博史(奇形児・exばちかぶり)
三柴江戸蔵(THE金鶴)
美濃介 (ナイロン100℃)
デビュー期とあるがメジャーでの「オレンジ・エビス」が「オレンジペニス」だったりとインディー要素の強いライブ。
その後
2nd「シスター・ストロベリー」でGに「横関”ジェットフィンガー”敦」が加入。
インディ時代の曲もリメイクにて収録、
音楽性に速弾き要素と三柴のピアノの芸術性が昇華した名作ではあるが、
その後の横関と共に三柴脱退やバンドの方向性を元来のプログレ、ハード~メタルへ傾倒させた時期である。
キノコパワー(PV)
その後
Gに橘高文彦加入、本城聡章復帰、Drに太田明と10年続く22期黄金メンバーにて
「日本印度化計画」収録の3rd「猫のテブクロ」からヒットが続いた。
橘高文彦(G)1989年-1999年,2006年-
22期以降の不動のリードギター、加入以降「筋少」のメタル化が決定づけられる。
現在もギターキッズに多大なる人気を誇る。
アルバム「月光蟲」収録の「イワンの馬鹿」はイングヴェイ・マルムスティーン「エクリプス」のリフの音符が1つ足りない丸パクリ(指が届かなかった)など見た目など多大なる影響を受けている。
が、ほとんどの媒体ではマイケル・シェンカーの影響で浸透している。
本城聡章(G)1982年-1985年,1989年-
実はデビュー時メンバー。再々加入以降、大槻脱退後もバンド名を守るため在籍など大きく貢献している。
太田明(Dr)1988年-1998年(第19-22期)
元々スタジオミュージシャンとして三柴と交流があり加入。橘高の「ドラムは太田で永久欠番」と言わしめ、ファンにも一番馴染まれているドラマー。
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